感想『完訳 7つの習慣 人格主義の回復』(スティーブン・R・コヴィー 著、キングベアー出版)

dandeです。

 

今回は、読書記事。

 

久しぶりに「名著」の類を読んだ気がします。

 

 

  目次

 

 

【『完訳 7つの習慣 人格主義の回復』】

 

 

完訳 7つの習慣 人格主義の回復

完訳 7つの習慣 人格主義の回復

 

 

 

あまりに有名な本ですが、ちゃんと読んだのは今回が初めて。

そんな私が言うのも何ですが、これは名著です。みんな読むべき。

 

いわゆるハウツー本ではなく、原理・原則を体系的にまとめた本であり、様々な応用が利くものだと思います。

ページ数の少ない自己啓発本を3冊読むなら、これ1冊を読んだ方が余程ためになるでしょう。

 

 

【本書の概要・感想】

 

 

全部を読まないと本書の内容は伝わらないと思いますが、私自身の整理と未読の方のために、重要なポイントをまとめておきます。

 

【7つの習慣の構造について】

  

まず、本書の最初と最後で強調されている概念が、インサイド・アウト(内から外へ)です。

 

 インサイド・アウトとは、一言で言えば、自分自身の内面から始めるという意味である。内面のもっとも奥深くにあるパラダイム、人格、動機を見つめることから始めるのである。

  (略)

 インサイド・アウトのアプローチでは、公的成功を果たすためには、まず自分自身を制する私的成功を果たさなくてはならない。自分との約束を果たすことができて初めて、他者との約束を守ることができる。人格より個性を優先させるのは無駄なことだ。自分自身を高めずに他者との関係が良くなるわけがない。 (本書 P.43~44 より引用)

 

他人に〇〇してほしい、〇〇になってほしいと望むのなら、まずは自分を変えなさいということですね。

この考え方に至るための習慣が「7つの習慣」であると言ってもいいと思います。

 

 

本書でいう「7つの習慣」は、断片的な習慣・ルールを集めたものではなく、段階を踏んでステップアップしていくものです。

 

その段階とは、「依存」から「自立」へ、そして「相互依存」へ、というステップ。

 

 自立は私というパラダイムである。私はそれができる、私の責任だ、私は自分で結果を出す、私は選択できる、ということである。

 相互依存は私たちというパラダイムである。私たちはそれができる、私たちは協力し合える、私たちがお互いの才能と能力を合わせれば、もっと素晴らしい結果を出せる、と考える。 (本書 P.53 より引用)

 

具体的には、「第1の習慣」~「第3の習慣」により、「依存」から「自立」へとステップアップし、「第4の習慣」~「第6の習慣」により、「自立」から「相互依存」へとステップアップし、「第7の習慣」でそれらを継続的に高めていきます。

 

7つの習慣を順に挙げると、「主体的である」「終わりを思い描くことから始める」「最優先事項を優先する」「Win-Winを考える」「まず理解に徹し、そして理解される」「シナジーを創り出す」「刃を研ぐ」となります。

  

【各習慣の内容について】

  

7つすべての習慣を説明するとかなり長くなってしまうので、この記事では7つの根幹をなす第1の習慣を中心に書きます。それでも結構長くなりました。

 

 

第1の習慣「主体的である」の根幹として書かれているのが「刺激と反応の間」についてです。

 

人は他者を評価する時、しばしば三つの社会的な地図(決定論)を用います。

 

それは、遺伝子的決定論(あなたの〇〇は父親譲りだ、アイルランド人は短気だからね、等)、心理的決定論(育ちや子供時代の体験がその人の性格や人格を作っているという理論)、環境的決定論(〇〇は上司のせい、配偶者・子どものせい、経済情勢、国の政策のせい、等)です。

 

 これら三つの地図はどれも、刺激/反応理論に基づいている。パブロフの犬の実験で知られるように、特定の刺激に対して特定の反応を示すように条件づけられているというものだ。 (本書P.77 より引用)

 

筆者は、これらの決定論的な考え方は、人間の本質を正確には言い表していない(相手がどういう人間なのかを客観的に述べているのではなく、自分の関心事や人格的な弱さを通して相手を見ている。自分自身を相手に投影している。)と言います。

 

なぜなら、人間には、人間を人間たらしめる四つの能力(自覚・想像・良心・意志)があるからです。

この四つの能力が、人間を動物の世界よりも高い次元へ引き上げ、すべての人間に内在する可能性を引き出します。

 

その可能性とは、「刺激と反応の間」に存在する「選択の自由」です。(本書P.81)

 

この「選択」をいかに行うかで、主体的な人と反応的な人が分かれます。

これが、第1の習慣「主体的である」の基本です。

 

 人間は本来、主体的な存在である。だから、人生が条件づけや状況に支配されているとしたら、それは意識的にせよ無意識にせよ、支配されることを自分で選択したからに他ならない。

  (略)

 反応的な人は、社会的な環境にも左右される。彼らは「社会的な天気」も気になってしまうのだ。人にちやほやされると気分がいい。そうでないと、殻をつくって身構える。反応的な人の精神状態は他者の出方次第でころころ変わるのである。自分をコントロールする力を他者に与えてしまっているのだ。

 衝動を抑え、価値観に従って行動する能力こそが主体的な人の本質である。反応的な人は、その時どきの感情や状況、条件づけ、自分を取り巻く環境に影響を受ける。主体的な人は、深く考えて選択し、自分の内面にある価値観で自分をコントロールできるのである。 (本書P.82 より引用)

 

なんだか耳が痛くなりますね。

 

そして、主体的になるためには、自分がコントロールできる問題に労力をかけることが重要だと言います。

 

 自分が直接的にコントロールできる問題は、習慣を改めれば解決できる。これは明らかに自分の影響の輪の中にある問題であり、これらの問題を解決できれば、第1、第2、第3の習慣の「私的成功」に関わることができる。

 間接的にコントロールできる問題は、影響を及ぼす方法を考えることで解決できる。こちらのほうは、第4、第5、第6の習慣の「公的成功」に結びつく。

(略)

 自分ではコントロールできない問題の場合には、その問題に対する態度を根本的に改める必要がある。どんなに気に入らなくとも、自分の力ではどうにもできない問題なら、笑顔をつくり、穏やかな気持ちでそれらを受け入れて生きるすべを身につける。こうすれば、そのような問題に振り回されることはなくなる。 (本書P.100~101 より引用)

 

私個人の考えですが、いわゆる「SNS炎上」で取り上げられる問題の大半は、「自分ではコントロールできない問題」だと思います。

理不尽なこと、腹が立つことは世の中に溢れていますが、自分の力でそれを変えようとしないなら、触れないのが最善。もっと自分にとって大事なことに時間をかけるべきなのでしょう。

 

 

そして、第1の習慣のまとめとして、先述のインサイド・アウトの考え方に再び触れています。

 

 問題は自分の外にあると考えるならば、その考えこそが問題である。そのような考え方は、自分の外にあるものに支配されることを許していることだ。だから、変化のパラダイムは「アウトサイド・イン(外から内へ)」になる。自分が変わるためには、まず外にあるものが変わらなければならないと考えるのだ。

 それに対して主体的な人の変化のパラダイムは、「インサイド・アウト(内から外へ)」である。自分自身が変わる、自分の内面にあるものを変えることで、外にあるものを良くしていくという考え方だ。主体的な人は、もっと才能豊かになれる、もっと勤勉になれる、もっとクリエイティブになれる、もっと人に対して協力的になれる、というように考える。 (本書P.106 より引用)

 

この考え方になることは、そう簡単なことではないと思います。

でもまずは、自分の人生に責任を持つ、主体的に行動することが第一歩なのだと本書は投げかけているのです。

 

第2以降の習慣については、実際に本書を手に取って読んでもらえればと思いますが、私的成功⇒公的成功の流れを意識しながら読むと理解しやすいでしょう。

 

具体的な事例や図を多く交えながら説明されているので、内容としては読みやすいと思います。

一番難しいのは、それを実践することでしょう。

 

まさに、「言うは易し行うは難し」ですね。

 

ではでは。