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『他人を支配したがる人たち』 感想(ジョージ・サイモン著、草思社文庫)

dandeです。

 

今回は、読書記事になります。

心理学に手を出してみました。

 

 

  目次

 

 

【『他人を支配したがる人たち』】

 

 

文庫 他人を支配したがる人たち (草思社文庫)

文庫 他人を支配したがる人たち (草思社文庫)

 

 

 

【総評】

 

 

社会全体が病んでいる現代日本における必読書。

 

本書は、主に「マニピュレーター」(人を追い詰め、その心を操り支配しようとする者)について解説しています。

 

攻撃していることを相手に気づかせないまま、相手を支配していく人。

あなたの身の回りの人にも、思い当たる節があるかもしれません。

 

そういった人たちに私たちはどうやって対応していけばいいのか、を示しています。

これを知っているか知らないかで、人生を大きく左右する内容かもしれません。

 

 

【主な内容】

 

 

マニピュレーターの持つ特徴を、筆者は潜在的攻撃性パーソナリティーと呼び、これはパーソナリティー障害のひとつです。

 

最近では、パーソナリティー障害やサイコパスという言葉が、一般にも知られるようになりました。

 

本書で取り上げている潜在的攻撃性パーソナリティーは、サイコパス(略奪的攻撃性パーソナリティー)よりも下位タイプ(危険性が低い)とされるものの、次のような特徴があるとされます。

 

望みを果たし、支配的な立場を得るため、潜在的攻撃性パーソナリティーはそれとは判別しがたい、きわめて狡猾で陰険な手段を用いて被害者に攻撃を加える。

このタイプには神経症に似た一面もあるので、その程度しだいでは、本人も自分の性格やひめた攻撃性については思いちがいをしている場合がある。

だが、よくよく調べてみれば、やはりこのタイプはパーソナリティー障害であって神経症とはまったく異なる。そして、パーソナリティー障害の側面が色濃くなるにしたがい、標的とした人間をあざむく行為はより大胆になっていく。 (P.59~60より引用)

 

本書では、神経症とパーソナリティー障害を明確に区別しており、それぞれの特徴について論じています。

 

 

潜在的攻撃性パーソナリティーが好んで用いる戦術として、本書が挙げているのは次のとおり。

 

・矮小化

・虚言

・(詐術としての)否認

・選択的不注意(あるいは選択的注意)

・合理化

・話題転換

・はぐらかし

・暗黙の威嚇

・罪悪感を抱かせる

・羞恥心を刺激する

・被害者を演じる

・犠牲者を中傷する

・忠実なるしもべを演じる

・人をそそのかす

・責任を転嫁する

・無実を装う

・無知を装う、混乱を装う

・これ見よがしに威嚇する

 

本書では各項目をひとつひとつ説明しているので、それは本書を手に取って読んでみてください。

 

 

潜在的攻撃性パーソナリティーは、あの手この手を使って自分の欲求を通そうとします。

上記のとおり、装いやはぐらかしを平然と行ってくるので、意識して見ないとその悪意を見落としてしまいます。それがやっかいなところ。

 

 

そして本書では、そのような潜在的攻撃性パーソナリティーに立ち向かう方法(考え方)として、多くの指摘をしています。

 

その中でも、私がポイントだと感じたのは、「個人的な限界を設ける」「ダイレクトな返事だけを受け入れる」「妥当な合意を結ぶ」です。

 

相手の術中に嵌まらないことが重要で、そのためには相手が何を欲しているのかを理解しなければいけません。

「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」という孫氏の有名な言葉がありますが、まさしくこの通りです。

 

本書は、相手の戦略を知ることのみならず、自分の性格を熟知することの重要性も説いています。

とにかく相手に付け入る隙を与えないように、自分の性格も把握しないといけません。

 

本書の最後の章のタイトルは、「相手との関係を改める」です。

関係を切るのではなく、改める。

家族も含めた身近な人がマニピュレーターだったりすることもあるので、このようなタイトルになっているのでしょう。

 

真面目な性格ゆえに苦しんでいる人の助けになる本だと思います。

ぜひご一読ください。

 

 

最後に、本書のエピローグから、印象に残った段落を引用します。

 

 どれだけ法律や命令を制定し、規則を強化しても、まん延する社会悪や危機に瀕したパーソナリティーに対する答えにはなっていない。

それどころかこうした対応は、われわれが享受してきた自由を制約するものだ。

この国の繁栄の大半は自由であることによってもたらされたのである。

さらに言えば、こんな制限を設けたところで、抜け目ない人間は逃れる方法を必ず見つけてしまうものなのだ。

モラルにすぐれ、それがきちんと機能する社会とは、その社会に生きる人間の大半が誠実であることの結果にほかならない。 (本書 P.239 より引用)

 

昨今の日本でも、理不尽な事件が連日報道されており、煽り運転も社会問題化しています。

 

法改正の遅れに対応するため、厳罰化などの検討も進んでいるようですが、上記でいう「自由」はどんどん縮小傾向にありますね。

誠実な人間ほど損をする時代になってきているように感じます。

 

本書がそれに対抗する武器となってくれるでしょう。

 

ではでは。