dandeです。
もうすぐクリスマスですね。
皆さん、予定はもう決まってますか?
大切な人がいる方も、いない方も、楽しい一日になればいいなと願うばかり。
ちなみに私は後者です。
生まれてこのかた、クリスマスの時期に彼女がいたことがありません。なので、いわゆる「イルミネーションデート」なんてのもしたことがありません。
ただ最近は、趣味の時間や、こうしてブログを書いてる時間の方が楽しいので、羨ましい気持ちは、不思議とないです。まだまだ精神的に子どもなのでしょうね。
…と、前置きが長くなりました。
先日、BUMP OF CHICKEN が、新曲を発表しました。
今年は新曲ラッシュでしたが、まさか年越し前にもう一曲くるとは。
上記記事にも書いたとおり、聴いてるとクリスマスを思い浮かべるんですよね、『新世界』。
すると、浮かんでくるのは、必然的に『Merry Christmas』。
当時は、PVのshort.ver と full.verの違いに驚かされたものです。
BUMP OF CHICKEN『Merry Christmas』3min Ver.
BUMP OF CHICKEN『Merry Christmas』Full Ver.
かなり好きな曲なんですが、ここ数年間は聴いてない気がしたので、久しぶりに聴いてみました。
感じたことを書いていきたいと思います。
目次
【今でもやっぱり涙が出ます】
この曲は、人間の本質的な部分を突いていますね。
ここの歌詞は、特に。
信号待ち 流れ星に驚く声
いつも通り見逃した どうしていつも
だけど今日はそれでも嬉しかったよ 誰かが見たのなら素敵な事だ
そんな風に思えたと伝えたくなる 誰かにあなたに伝えたくなる
優しくされたくて 見て欲しくて
「優しくされたくて 見て欲しくて」の部分は、ボーカルの歌声も相まって、心に突き刺さり、涙が流れたのを思い出します。
その時の気持ちとしては、「そう、そうなんだよ!」という強い共感でした。
今、改めて聴き直すと、感動するのは同じなのですが、その中身が共感というより、理解に近くなりました。少し客観的に見れるようになったということでしょうか。
【あの曲と本質的な部分が近い】
BUMPの曲は、自分の内側に問いかけるスタイルが多く、その捉え方によっては、自分の中だけで全てが完結してしまう場合があります。
でも、やっぱりそれだと不十分なんですよね。社会の中で生きている以上は。
「RAY」以降のBUMPは、そういったことも包み込んで歌ってくれているように感じます。
そんな中、先日シングルカットされた『話がしたいよ』は、久々に自分の中で完結する楽曲になっており、「昔のBUMP」を思い起こさせるものでした。それでいて、今のBUMPの良さも取り込んでいるという素晴らしい名曲です。
上記を踏まえて、『Merry Christmas』を聴くと、また違った聞こえ方をするんじゃないかと思います。
実際、私には以前とは違った感覚で聞こえました。
そう、『話がしたいよ』と根柢の部分が同じなんじゃないかという感覚です。
小ネタに近いですが、歌詞で共通している箇所として、
『Merry Christmas』・・・「街はまるでおもちゃ箱 手品みたいに 騙すように隠すようにキラキラ光る」
『話がしたいよ』・・・「街が立てる生活の音に一人にされた」
どちらも街で一人たたずむ寂しさを表現しています。
そして、主人公が考えていることは、
『Merry Christmas』・・・「今夜こそ優しくなれないかな 全て受け止めて笑えないかな 僕にも優しくできないかな あなたと楽しく笑えないかな」
『話がしたいよ』・・・「君がここにいたら 話がしたいよ」
「楽しく笑いたい」・「話がしたい」という違いはあるものの、「今は隣にいないあなた」との関係性を唄っている点では共通していますね。
【まとめ】
BUMPの楽曲は、後に改めて聴いてみると新しい発見があったりしますが、それに加えて、BUMP自身も歌詞の世界観が変化してきています。
今の楽曲と昔の楽曲を照らし合わせて考えてみると、また新たな発見があるかもしれませんね。
そんなことを思った今日でした。
では皆様、良いお年を!
・・・って、まだちょっと早いか。