dandeです。
今回は、読書記事です。
3ヶ月ほど前に読んだ本なのですが、最近の世間の話題で、ふとこの本を思い出したので、振り返りがてら、内容をまとめておきたいと思います。
【『僕らはそれに抵抗できない』 「依存症ビジネスのつくられかた」】
400ページほどですが、読み終わるまでそこそこ時間が掛かりました。
【総評】
昨今問題になっている「スマホ中毒」「ネット中毒」に対する考察とその対策をまとめた良書。
SNSやらネットゲームの類は、大抵が「依存症ビジネス」の要素を含んでいますが、それを理解して利用しているかそうでないかで、依存の度合いが大きく変わってくると感じています。
本書を読んで、相手(サービスの提供側の人間)が何を狙っているのかを知りましょう。
と、かくいう私もこのブログを書きながら、日々アクセス数や検索ワードの傾向をチェックしたりしているので、依存症の部類に入ってしまっているかもしれませんね。
ブログを書くことは、アウトプットの手段であると同時に、承認欲求や社会的役割の認知を得るための手段でもあります。
「数値目標を設定し努力する」という至極当然のように思える行動も、依存症に繋がるケースがあるそうです。
本書が、自身の行動・思考パターンを今一度見直すきっかけにもなるでしょう。
ぜひ読んでみてください。
【ざっくり内容】
本書の内容をざっくり整理してみます。
大きい流れとしては、依存症が「物質依存」から「行動嗜癖」へと変化しており、現代のメジャーな依存症は「行動嗜癖」なので、そちらをメインに解説しているという点が重要です。
「行動嗜癖」について、本書は、次のとおり説明しています。
昨今のこうした依存症は物質の摂取を伴わない。体内に直接的に化学物質を取り込むわけではないのに、魅力的で、しかも巧妙に処方されているという点では、薬物と変わらない効果をもたらす。
ギャンブルにのめりこんだり、何らかのスポーツを過剰にやりすぎたりするのは、そうした”新しい依存症”の中では古いほうだ。ドラマを一気に何話分も視聴せずにいられないビンジ・ウォッチングや、頻繁にスマートフォンを覗かずにいられないのは、より新しいほうの依存症と言える。いずれの場合も、人をのめりこませる力は昔よりもかなり強い。 (本書 プロローグ P.vii)
本書の第1章では、物質依存から行動嗜癖への変化を詳細に記載しており、第2章にかけて、「人間は物質に対してだけではなく、行動に対しても依存症になる」ということを説明していきます。
第4章以降は、「新しい依存症が人を操るテクニック」と「新しい依存症に立ち向かうための解決策」について、多くのページを割いて具体的なエピソードを中心に記述しています。
その中で、印象に残ったのは、次の記述。
実験を行った研究者たちは、「ほとんどの人間は、何もしないより何かをするほうがよいと考える。たとえそれがネガティブな事であっても」と考察している。
3万冊の書籍が表しているとおり、私たちはある面では楽な人生を探しているはずなのに、おだやかな心地良さが一定期間続くと、それを適量の苦痛で打ち破りたいと考える人が多いのである。 (本書 P.206)
公共の場で示す言動と、プライベートの場で行う言動は、これほどまでに乖離する。だとすれば、「依存症を克服できないのは意志が弱いから」という通説は成り立たない。意志力による自制を強いられている人間ほど、その衝動に屈しやすいと考えられる。
つまり誘惑と対峙して勝とうとするよりも、そもそも誘惑の対象と向き合わないでいるほうが、依存症には陥りにくいのだ。ベトナム戦争中にヘロイン依存症になった兵士が、帰国して薬物を摂取する環境から逃れたことによって依存症と手を切れたのも、そういうわけだった。そして、だからこそ、誘惑を遠ざける環境を作ることが大切になる。 (本書 P.330~331)
どちらも、個人的に意外だと思った見解です。
心理学の分野は、なかなか正解という見解が定まらない学問分野なので、これが正しいというつもりはありませんが、ひとつの考え方として知っておくべきでしょう。
物質であれば逃れやすいけれど、スマホのように身近にあるものから逃れるのはなかなか困難であるということも、あわせて考えておく必要がありますね。
個人の意思が弱いのではなく社会構造の問題であるという見解は、個人的には的を射たもので、まずはそれを知ることから始めるべきなのかなと感じました。
まさに孫子の「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」の精神ですね。
ではでは。